【時事】悲運の殖民軌道当別線 H22.02.27
当別歴史講座の第7回目が、ふれあい倉庫で開催されました。
この日は「当別北部・東部地区の開拓」と題して、当別町教育委員会委員長の大澤勉氏が、農業や学校など自らの関わりをとおして研究された町の歴史を語りました。
中でも、大澤氏が住む六軒町地区には、明治26年に繊維用の亜麻を加工する工場ができ、100人以上が働き、当時の当別村では一番栄えた地域であった話や、戦後の食糧増産と緊急開拓のため、町営ではじめられた簡易軌道、「当別線(石狩当別駅から青山の大袋までの31km)」は融雪時の洪水、洞爺丸台風(昭和29年9月)により甚大な被害を受け、全線開通から実質3年で運行をあきらめた不運の路線であったことなど、参加者の中には軌道に乗車した経験の方もおり、懐かしく聞いていました。
当別歴史講座は、次回3月20日が最終回となり、これまでの発表者を交えて「当別の未来に何を残すか」と題したシンポジウムを行います。
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